インド諸王国の抗争

ハルシャ・ヴァルダナ王(戒日王)が北インドを統一し、 カナウジを都にヴァルダナ朝をおこす。 この王のもとナーランダー寺院で学んだ玄奘は 王に好待遇を受け、西域旅行記を書いた。 はチベットの吐蕃に対抗するために、 ハルシャと太宗の間には使節の交換が行われ、 唐朝からは王玄策が派遣された。 ラージプート時代…イスラーム勢力が入ってくる13世紀頃まで ラージプート…「王の子」…古代クシャトリヤ階級の子孫 唐僧の義浄が来朝(行きも帰りも海路で訪れ、シュコーヴィジャヤに立ち寄る) 仏教では秘儀的な密教思想(真言宗のようなもの)が広まったのが、 仏教の衰退は止められなかった。 南インド ドラヴィダ系サータヴァーハナ朝(アーンドラ朝)前1~後3世紀 ローマ貿易(季節風貿易)で栄えた。 そのことなどをギリシア人がエリュトゥラ-海案内記に著した。 ドラヴィダ系チャールキャ朝の王プラケーシン2世ハルシャ・ヴァルダナの侵入を撃退した。 ドラヴィダ系チョーラの王ラージェンドラ1世は 11世紀初めにスマトラのシュリーヴィシャまで遠征。 シヴァ神やヴィシュヌ神などヒンドゥー教の最高神など 最高神に絶対的帰順を捧げるバクティ信仰が広がり、 吟遊詩人は神への絶対的愛を歌った。 ]]>

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